過去を辿ることでその人を深く理解できますよという話
ぼくは前職の上司がたまらなく苦手だった。一言で言うとコテコテの関西人という感じで、声もデカいし部下には常に凄みをきかせていて恐れられていた。中にはのらりくらりとかわす先輩もいたけれど、そんな柔軟性を備えていない僕にとってはストレスの種でしかなかった。その上司の特にきつかったところはもう少しあって、
ザ・組織人で上からの命令には絶対に従うという人で、自分だけではなく部下にもそれと同じことを強いる人だということ。
さらに前職が会計事務所というキャリアで数字に恐ろしく細かい。エクセルなどの資料作成でダメ出しを食らった経験は数えきれない。時にはそんなの知らんがなということまで質問を食らうこともあった。
ともかく、ぼくという人間の対極にいる人だなと思っていたし、理解できるとも思わなかった。
そんなぼくが前職を退職することになったとき(その上司だけが理由だけではないのだが)、その上司と面談することになった。面談の時間が近づくにつれてどんどんと鼓動が速くなっていって、直前までトイレの個室に駆け込んだ。
面談はぼくの予想に反して穏やかに始まった。くそみそに嫌味を言われて、そんなようだとよそではやっていかれへんぞと説教をされる展開を想定していたため、ぼくは拍子抜けだった。嫌味を吐く代わりに上司は彼の過去を語り始めた。
上司は新卒で会計事務所に入ったものの、数年働いたあと退職し、しばらくどこにも勤めずにプータローとして放浪していた。そこからひょんなことから今の会社で働くことになり今に至る。
そこまではぼくも知っていたが、そこから40歳後半まで契約社員として働いていたことは衝撃だった。そうした過去を知ると、組織人として極端なタテ社会になるのもすんなりと理解できる。上に従わなければ契約を切られるだけだからだ。
彼はくる年もくる年も単年契約というプロ野球選手のような立場で(にもかかわらず収入はプロ野球選手には及ばない)闘ってきた。20年あまりの期間にわたって絶えず背水の陣で結果を出すというキャリアが人格にどのような影響を与えるかは容易に想像がつく。
それがいいことか悪いことかについてはここで議論するつもりはないけれど、そういった過去を知ることで、その人がなぜそのような行動を取るのかについて理解するのに大いに助けになる。もっとも上司はどのような価値観で動くのかを知ったところで彼の振る舞いが変わることはないが、ぼく自身の受け止め方が変わっていることが分かった。
誰かを知りたければ、その人の過去を知ることが一番だと知った。幼少期貧しい生活を強いられたのであればお金に執着するようになるだろうし、あまり親にかまってもらえなかった子供は愛情に餓えた人間になるし、とにかく家庭環境と正反対の性格を持ちやすい。
このことに気付いてからは、これまでも同じような体験を何度かしていたことを思い出した。他人を知るには過去を知ること。過去を知るにはまずは会話から。努めて能動的にコミュニケーションを取っていこうと思った。